大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成6年(ワ)21874号 判決

原告

産機工株式会社

被告

松川忠男

ほか四名

主文

一  原告の被告らに対する別紙交通事故目録記載の交通事故を原因とする損害賠償債務は、被告らそれぞれについて、各金五三万一七四四円及びこれに対する平成元年六月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を超えて存在しないことを確認する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の、その余を被告らの各負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

一  原告の被告らに対する別紙交通事故目録記載の交通事故を原因とする損害賠償債務は存在しないことを確認する。

二  訴訟費用の被告らの負担

第二事案の概要

一  事案の概要

本件は、信号により交通整理の行われていない交差点において普通乗用車と軽四輪貨物自動車とが衝突し、軽四輪貨物自動車の運転者が死亡する事故が発生したところ、その相続人らが人損について多額の損害賠償額を主張するとして、普通乗用車の運行供用者が相続人らを相手に債務不存在確認訴訟を提起した事案である。

二  争いのない事実等

1  本件交通事故の発生

別紙交通事故目録に記載のとおり

2  責任原因

本件事故は訴外木嶋延明(以下「木嶋」という。)の過失によるものであり、原告は、加害車両の保有者として自賠法三条に基づき、また木嶋の使用者として民法七一五条に基づき、訴外松川彦藏(以下「被害者」という。)の死亡による損害を賠償すべき義務を負う(弁論の全趣旨)。

3  相続関係

被告らは被害者の子であり、被告らは、被害者を法定相続分により相続した。なお、被害者には、その死亡時に妻みよが存命であり、みよは被告らとともに法定相続分により被害者を相続したが、平成元年八月三〇日に死亡し、被告らがみよを法定相続分により相続している(甲一の1ないし6)。

4  損害の填補

自賠責保険から、被告らは合計一四二九万二九二四円の填補を受け、また、健保求償として東京都国民健康保険団体連合会に八六万七〇七六円が支払われた(甲六)。

三  本件の争点

1  本件事故の態様・過失相殺

(一) 原告の主張

木嶋が加害車両を運転して優先道路を直進中、被害者が被害車両を運転し、突然脇道から優先道路に進入したため、本件事故が発生した。

被害者には優先道路通行車両の通行妨害禁止義務違反があり、九割の過失相殺をすべきである。

(二) 被告らの主張

木嶋が加害車両を運転して優先道路を直進中、左側に駐車していた大型トラツクを避けるため左方を脇見運転し、前方不注視のまま中央部に車線を変更し、速度制限に違反したまま交差点に進入したため、一時停止して、優先道路の安全確認を行つた上交差点に先入した被害者運転の被害車両と衝突したものである。

過失相殺をするとしても、五割に止めるべきである。

2  損害額

(一) 原告の主張

(1) 治療費 八六万七〇七六円

(2) 看護料(一日当たり四八〇〇円、四四日分) 二一万一二〇〇円

(3) 入院雑費(一日当たり一〇〇〇円、四四日分) 四万四〇〇〇円

(4) 逸失利益 一〇七一万一七一一円

被害者は本件事故前年に花卉栽培により一六三三万九七八九円の収入を得ていたところ、その四分の一を基礎として逸失利益を算定すべきである

408万4947×0.6×4.3704=1071万1711

(5) 慰謝料 一八〇〇万円

(6) 葬儀費 八〇万円

右合計は三〇六三万三九八七円であるところ、過失相殺後の損害金は、三〇六万三三九八円であり、前記填補により過払いとなつている。

(二) 被告らの主張

(1) 医療関係費

〈1〉 治療費(保険外冶療費分) 一一一万一九四七円

〈2〉 付添賄料(一日当たり一万五〇〇〇円、四四日分) 六六万円

〈3〉 入院雑費(一日当たり一〇〇〇円、四四日分) 四万四〇〇〇円

〈4〉 医師謝礼 五〇万円

(2) 休業損害 二九二万三二七二円

一日当たり六万六四三八円、四四日分

(3) 逸失利益関係

〈1〉 逸失利益 四九四七万三四四四円

1639万9789×0.7×4.329=4969万6280

右計算の金額、少なくとも四九四七万三四四四円である。

〈2〉 軍人恩給分 五二七万六〇〇〇円

一年当たり五二万七六〇〇円、一〇年分

(4) 葬儀費 一〇〇万円

(5) 慰謝料

〈1〉 入院慰謝料 三〇万円

〈2〉 死亡慰謝料 二五〇〇万円

死亡慰謝料の算定に当たつては、被害者の妻みよが被害者に対する看病疲れと伴侶を無くしたシヨツクで寝込み、被害者死亡後二週間で他界したことも斟酌すべきである。

第三争点に対する判断

一  本件事故の態様等について

1  甲二、三、七、乙四、五、七、八によれば、次の事実が認められる。

(1) 本件事故のあつた東京都足立区江北六丁目二五番一〇号先交差点は、放射一一号方面と産業道路方面とを結ぶ片側一車線の道路(以下「甲道路」という。)と入谷方面と環状七号線方面とを結ぶ幅員六メートルの道路(以下「乙道路」という。)が交差する、信号により交通整理の行われていない交差点である。甲道路は、放射一一号方面から進行すれば、本件交差点までは、歩道も含めると、その全幅は一五メートルであるが、本件交差点から先は、その幅員は二一・一メートルと広くなつている。同道路は、本件交差点付近は直線道路となつているが、最高速度が時速四〇キロメートルに制限されている。

乙道路からの本件交差点進入の手前にはいずれも一時停止の標識と停止線があるが、本件事故当時、入谷方面から本件交差点に進入する側は、手前部分に下水道工事が行われていて、一時停止の標識が撤去され、また、道路上の「とまれ」の文字も半分しか見えなかつた。

なお、入谷方面から本件交差点に進入する車両にとつて、乙道路の左側に二階建の建物があることから、本件交差点手前では、甲道路左側の交通事情は分からない。しかし、甲道路の幅員が本件交差点を境に変化していることや甲道路には幅員三メートルの歩道があることから、甲道路の車線部分に入る手前では、甲道路左側の交通事情は容易に判断できる。

(2) 被害者は、被害車両を運転して、入谷方面から環状七号線方面に向かうために本件交差点にさしかかつた。そして、本件交差点の手前で一時停止をし、被害車両のギアーを一速に落として本件交差点に進入した。

他方、木嶋は、加害車両を運転し、放射一一号方面から産業道路方面に向かうため、本件交差点にさしかかつた。しかし、本件交差点の手前約二五メートルのところで脇見運転をし、それから一二・六五メートル進行したところで、対向車線を横断中の被害車両に気がつき、ブレーキをかけるとともに加害車両のハンドルを左に切つたが、加害車両の右前部と被害車両の左前部が衝突し、さらに、加害車両が左向きに、被害車両が右向きに回転したことから、加害車両の右後部と被害車両の左後部が再度衝突した。その結果、加害車両は左前方八メートルのところに、また、被害車両は甲道路の対向車線とその歩道の境まで二四・三メートル進行し、そこに停車中の車両に再度衝突して、停止した。

(3) 被害者は、入院中の病院で、同人の子である被告松川義雄に対し、一時停止して左右を見たときは、甲道路を走つている車両はなかつたと陳述している。他方、木嶋は、被害者に甲道路を時速約五〇キロメートルの速度で進行したところ、突然被害車両が出てきたとする陳述書を提出している。

右認定に反する証拠はない。

2  右認定の事実によれば、木嶋は、本件交差点に進入する約二五メートル手前で脇見運転をした結果、本件交差点に明らかに先行進入していた被害車両の発見が遅れ、このため本件事故が発生したことは明らかである。

ところで、加害車両の速度について、前認定のとおり、木嶋は時速約五〇キロメートルであつたと陳述するところ、被告らは、前認定の衝突後の被害車両の進行具合から制限速度を相当上回つていたと主張する。しかし、甲三によれば、被害車両は衝突後スリツプ痕を残すことなく二四・三メートル進行したことが認められるのであつて、自力で進行したことも考えられ、右進行の事実から被告ら主張の事実を直ちに認めるのは困難である。他に加害車両の速度を認定し得る証拠がない以上、右木嶋の陳述どおり衝突前の加害車両の速度は時速約五〇キロメートルであつたと認定する他はない。なお、甲三によれば、加害車両は木嶋がブレーキペダルを踏んだ後約一〇メートル進行してからスリツプ痕を残しており、時速約五〇キロメートルで進行する空走距離が右程度であつても不思議ではなく、右認定は、右スリツプ痕の初期位置と矛盾するものではない。そうすると、木嶋は、制限速度を一〇キロメートル超過して加害車両を走行させていたこととなる。

3  次に、被害者の衝突前の行動について検討すると、被害者は、一時停止の標識がなく、かつ、とまれの表示も半分しか見えないにもかかわらず、甲道路の交通事情確認のため一時停止したことは前認定のとおりである。ところで、被害者は、被告松川義雄に対し、一時停止して左右を見たときは、甲道路を走つている車両はなかつたと陳述しているが、前認定の見通し状況、加害車両の速度及び衝突の状況からすれば、加害車両の進行を発見できないはずはなく、その確認は不十分であつたといわざるを得ない。

4  そして、前認定の本件交差点付近の状況に照らせば、乙道路の標識がなくても、甲道路が優先道路であつて、乙道路を通行する車両は甲道路の走行する車両を妨げるべきでないことは客観的に明らかであること、木嶋の脇見及び速度違反、被害者の甲道路確認の不十分さ、被害車両が明らかに先行進入をしていたことを比較すると、その過失割合は、木嶋につき四割五分、被害者につき五割五分とするのが相当である。

二  被害者の損害額について

1  被害者の容体

甲四、乙四、前示争いのない事実によれば、被害者は、第三頸椎前方脱臼骨折、左腓骨骨折により、本件事故のあつた平成元年六月二九日に鹿浜橋病院に入院し、同日、昭和大学附属豊洲病院に転院して、入院治療を受けたこと、第三頸椎前方脱臼骨折の治療に当たり、米国製のギブスを用いて固定する手術等を行い、また、被害者の身体を動かすことができないことから、食事等の世話のため、毎日被告らの二名ずつが交代で付き添つたこと、しかし、治療の甲斐なく入院中の同年八月一一日に右傷害が原因で死亡したことが認められる。

2  医療関係費

(1) 治療費(保険外治療費分) 一一一万一九四七円

乙九の1、前認定の各事実に弁論の全趣旨を総合すると、被害者は、前示入院治療のため国民健康保険を用いたが、なお、米国製のギブスの代金等保険外治療費を個人負担し、その合計が一一一万一九四七円となることが認められる。

(2) 付添看護費 二二万円

前認定の事実によれば、被害者の入院中、被告らの付添いが必要であつたことは明らかであり、これに要する費用として、一日当たり五〇〇〇円として、四四日分二二万円を認める。

(3) 入院雑費 四万四〇〇〇円

一日当たり一〇〇〇円として、四四日分、四万四〇〇〇円を認める。

(4) 医師謝礼 なし

被告らは、医師への謝礼として五〇万円を要したと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

3  休業損害 四九万四二四〇円

乙一ないし三によれば、被害者は、その子である被告松川忠雄及び同被告の妻とし子の協力を得て、花卉栽培を行い、その売上は一年間に一六三九万九七八九円に上つていたこと、不動産収入も年間三五三万一五〇〇円を得ていたこと、花卉栽培には、苗・球根、肥料等の購入、燃料費、ビニールハウス等の費用等の経費を要し、確定申告では、これらの経費の合計を七八五万円とし、これとは別に被告松川忠雄及びその妻とし子に合計年間八〇〇万円の給料を支払つていたとして申告していたことが認められる。

右認定の事実によれば、被害者は、その労働の対価として、原告が認める花卉栽培の収入の四分の一程度の年収(四〇九万九九四七円)を得ていたことは明らかである。被告らは、右花卉の売上高である一六三九万九七八九円を基礎に休業損害や逸失利益を算定すべきであると主張するが、前認定の事実によれば、同収入を得るために被告松川忠雄等から労働の提供を受け、また、経費も要することが明らかであつて、右被告らの主張には理由がない。

そうすると、被害者の休業損害は、次の計算どおり、四九万四二四〇円となる。

409万9947÷365×44=49万4240

4  逸失利益関係

(1) 花卉栽培に関する逸失利益 一二四二万四〇六九円

前認定の事実によれば、被害者は、花卉栽培により四〇九万九九四七円の年収を得ていたのであり、被害者の死亡時の年齢が七四歳であること(甲一の1により認める。)も鑑みれば、本件事故がなければ、平均余命である一〇年の半分である五年間は、右収入を得ることができたものと認められる。そして、右年収等からすれば生活費として収入の三割を控除するのが相当であるから、ライプニツツ方式により中間利息を控除すると、次の計算どおり、花卉栽培に関する逸失利益は一二四二万四〇六九円となる。

409万9947×0.7×4.329=1242万4069

(2) 軍人恩給分 二一三万五八三〇円

乙九の1、弁論の全趣旨によれば、被害者は一年当たり五二万七六〇〇円の軍人恩給を得ていたことが認められ、本件事故がなければ平均余命の一〇年間はこれを得ることができたというべきである。そして、前認定判断のとおり、被害者の平均余命の半分については、花卉栽培による逸失利益を認めることから生活費として収入の三割を控除するのが相当であるが、それ以降については、軍人恩給のみが収入となることから、その生活費控除割合として七割が相当である。そうすると、次の計算どおり、軍人恩給分の逸失利益は二一三万五八三〇円となる。

52万7600×0.7×4.329+52万7600×0.3×(7.722-4.329)=213万5830

5  葬儀費 一〇〇万円

乙九の1、2によれば、被害者の葬儀のため、少なくとも一五〇万円以上要したことが認められ、このうち、被告らが主張する一〇〇万円をもつて本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

6  慰謝料

前認定の入院治療の経過に鑑み、入院慰謝料としては、被告ら主張の三〇万円をもつて相当と認める。

甲一の1、乙九の1によれば、被害者の妻であり被告らの母である松川みよは、被害者の看病による疲れや被害者の死亡による落胆もあつて、被害者死亡後二週間を経た平成元年八月三〇日に、その後を追うように死亡したことが認められる。その他、本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、被害者の年齢を考慮しても、なお同人の死亡による慰謝料としては、二一〇〇万円が相当と認める。

三  被告らの損害の残額

前項で認定した被害者の損害の合計は、三八七三万〇〇八六円であるところ、自賠責保険の損害填補分として右以外に健保求償分が八六万七〇七六円あることから、被害者の損害の総額は、三九五九万七一六二円となる。そして、過失相殺後の被害者の損害の額は一七八一万八七二二円であるところ、健保求償分を含め一五一六万円が填補されているから、残額は二六五万八七二二円となる。

被告らは、同額の損害賠償請求権を被害者から法定相続分五分の一の割合で相続したことは前示のとおりであり、原告の本件交通事故についての被告ら一人当たりに対する残債務は各五三万一七四四円となる。

第四結論

以上の次第であるから、原告の本件請求は、被告らに対し、本件交通事故を原因とする損害賠償債務は、被告らそれぞれについて各金五三万一七四四円及びこれに対する平成元年六月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を超えて存在しないことの確認を求める限度で理由があるが、その余は失当として棄却すべきである。

(裁判官 南敏文)

(別紙)

事故の日時 平成元年六月二九日午前五時四五分ころ

事故の場所 東京都足立区江北六丁目二五番一〇号先交差点

加害者 訴外木嶋延明。加害車両を運転

加害車両 普通乗用自動車(足立五八な九七三七)

被害者 松川彦藏。被害車両を運転

被害車両 軽四輪貨物自動車(足立四〇う五八九六)

事故の態様 本件事故現場の交差点において、放射一一号方面から産業道路方面に向かつて進行中の加害車両と入谷方面から環状七号線方面に向かつて進行中の被害車両とが衝突したが、その態様については争いがある。

事故の結果 被害者は、本件事故により首骨折し、鹿浜橋病院及び昭和大学附属豊洲病院に入院したが、平成元年八月一一日に死亡した。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例